子供の時は大人に早くなって家から出たいと思ってた。
でも、いざ大人になってその日が近づくと寂しさが強くなる、その上、親は海外に住んでいるからなかなか会いに行けない。
兄弟もたまにしか帰って来れないから一家団欒の日があと何日続くのか分からない。
当たり前だったことが当たり前じゃ無くなる
それが無意識に涙腺を刺激する。
だから心配かけない為にも、もっと自分がしっかりして今度は俺が家族を守れる存在にならなければならない。
いつかまたみんなで過ごせる日々が来れば嬉しいな
子供の時は大人に早くなって家から出たいと思ってた。
でも、いざ大人になってその日が近づくと寂しさが強くなる、その上、親は海外に住んでいるからなかなか会いに行けない。
兄弟もたまにしか帰って来れないから一家団欒の日があと何日続くのか分からない。
当たり前だったことが当たり前じゃ無くなる
それが無意識に涙腺を刺激する。
だから心配かけない為にも、もっと自分がしっかりして今度は俺が家族を守れる存在にならなければならない。
いつかまたみんなで過ごせる日々が来れば嬉しいな
自分が弱い人間であることを自覚している。
自分が無知であることを自覚している。
自分の長所、欠点が何なのか自覚している。
全ては自覚をするところから始まりそこから世界が広がる。そして人生という旅路の中で何度も転び、痛い思いをし、そして立ち上がり方を学ぶ。
大人になるにつれ、転ぶことさえ許されなくなってしまう。転び痛い思いをすることを恐れ、本来ならできるはずであろうことが出来なくなる。
もし、この世に私のシャングリラがあるのであれば転ぶことも痛い思いすることも、そして立ち上がることも許せる社会にしたい。
何度迷惑をかけられただろうか。
その都度、嫌になって態度に出てしまったりする。
小さいことで怒り、また仲直りする。その繰り返し。
人間はいつか死ぬ、だから人間は限りある時間の中で何をするかが大切になる。
ただ今の私には親が死ぬことは考えられない、いつまでも威厳のある父と優しいけど厳しい愛の鞭を打ってくれる母が生きてくれると信じている。
いつまでも元気でいて欲しい。
お金はないが、それでも日々楽しく生活ができている。
そのことが一番の幸せである。